仕事で余計な作業を依頼された時の不快感が軽減した話 

こんにちは、山田純平です。
私は平日システムエンジニアをしています。

現在、携わっているプロジェクトではデータ移行を担当しています。

作業内容はシステムを別のサーバーへ移行する際の計画立案がメインですが、ユーザーから受け取ったテストデータを社内のデータベースに移す作業も行っています。

具体的な作業としては圧縮されたデータを解凍し、そのデータを移すコマンド(命令)を実行します。

最後にデータ移行のエラーが発生していないか確認をして作業終了です。

大部分はツールが自動で処理してくれるので、作業自体は単純なものです。

やり方を覚えれば誰でもできる作業ですが、現点で作業ができるのは私だけでした。

ある日、会社に出社してしばらく作業をしているとテストデータを社内のサーバーに移してほしいと依頼がありました。

依頼者は少し慌てており、急いで作業をしてほしい様子でした。

そのとき、私は移行計画のユーザー向け資料を作成していたので、横からの割り込み作業に「ムカッ!」としました。

「急いでいるのは分かるけど、こっちも今は作業中だぞ!!」という思いがどんどんと沸き上がってきました。

しかし、冷静に考えてみると私の作業はそれほど急ぐものではありません。

依頼されたデータ移行の作業を先に済ませても特に問題はない状況でした。

客観的に見ればそうなのですが、えらく腹が立ったなと思いました。

自由が奪われる不快な感覚

その時の感情や感覚に意識も向けてみると、私の作業中に横からズカズカと割り込みされた感じがして、不快になっていました。

なんとなく、こちらの拒否権もない感じがして「俺に指示するな!」という思いが出てきました。

また、自分の自由が奪われた感じがして少し寂しく思っている部分もありました。

さらに、急な作業に振り回される感じがして、「こんな生き方は嫌だ!!」という感覚も出てきました。

そして、自分のペースで自由に仕事がしたいという思いがあることに気づきました。

他にも、指示されるということは「相手が上で自分が下」という思い込みがあり、自分のほうが上だと思いたい自分がいました。

上下関係をさほど気にしていないつもりでしたが、これが本音なのかもしれません。

相手にムカつきつつも、さらに深く内観してみると、とても弱いイメージの自分がいて、三角座りでいじけている感じがしました。

そして、もっと自分を大切に丁寧に扱ってほしいという欲求が出てきました。

いつも忙しくて時間に余裕がなかった

過去を振り返ってみるとシステムエンジニアを始めた頃は常に忙しく、追加の作業をしている余裕がありませんでした。

そういえば、いつも最後まで残って残業しており、よく終電で帰っていました。

そのときは基本的に作業の依頼を断っていたので、それが普通になっていました。

ただ、仕事が落ち着いていてからも、ちょっとした作業依頼やお願い事にも拒否反応が出ていたように思います。

仕事を増やされたくないという思いは強く根付いているのかもしれません。

「断らないと帰りが終電になってしまう!」
「休みの日に出勤になる!」

という強迫観念もあったと思います。

また、いつも忙しい人というのが自己価値になっていました。

仕事が忙しく切羽詰まった感じで仕事をしていると、周りが気を使ってくれるのも嬉しかったですね。

「忙しいくて大変ですね。」

と言われると、なんとなく嬉しいけど、素直に喜べないめんどくさい人でした。

素直でないところはまだまだありますが、、

そんな感じだったので、作業依頼が来ないように話しかけるなオーラを出して、非言語的に断っていました。

忙しいとは「心を亡くす」と書きますが、妙にしっくりきました。

作業を依頼された時の怒りを感じる

まず最初に、作業を依頼された時に出てきた「ムッ!」とした思いを感じていくことにしました。

胸の辺りで腹立たしさをじっくり感じていると、少しずつ落ち着いてきました。

自分の内側にある強い怒りをが徐々にしぼんで沈静化していく感じです。

ある程度感情が静まってきたので、さらに奥深くにある感情を探るべく突き進んでいきました。

すると、薄く光る黄色の玉が出てきました。

それに触れてみると、怒りなのかそうでないの分かりませんでしたが、強く感じるものがありました。

さらに感じていくと光がだんだんと薄くなっていき、消えたかと思うと中から小さな緑の玉が出てきました。

それはつるつるとした質感で碁石のように固そうでした。

ゆっくりとその玉に触れて感じていきましたが、特に変化が起こりませんでした。

疲れてしまったこともあり、その日は感情を感じることを止めて寝ることにしました。

翌日になり再度、小さな緑の玉に触れて感じてみると、徐々に色がが薄くなっていきました。

そのまま粘って感じていると、霧が晴れるように消えてなくなりました。

丁寧に扱ってほしい思いが見えてきた

表面的には単に作業を依頼されると「ムッ!」とするという一般的によくありそうな出来事ですが、過去の忙しかった時の思いが残っていたり、そのときの感情が埋もれていました。

そして、その感情を感じてクリアリングしていくと、その根っこには自分を大切に扱ってほしい思いが出てきました。

表面化している出来事からは想像が難しく、自分の中で素直な思いが複雑な解釈になっていると感じました。

さらに忙しい自分に対して自己価値を見ていて、それがさらに構造を複雑にしていました。

また、作業を依頼されないように日とを寄せ付けない習慣への自覚も生まれました。

過去に経験した様々な出来事から無意識的に学んだ自己防衛手段が「自分らしく在る」ことを阻害している感じがしました。

周りへの警戒心が緩む

感情を感じたあとは体が疲れているのですが、胸の辺りがスッキリとしていました。

なんとなく視界もクリアになり、空気がきれいになったのかな?と思うほどです。

何か余計なものが落ちていった感じがし、少し本当の自分に近づいた感覚がありました。

人への警戒心も薄くなり、「壁を作らなくても大丈夫かも。」という感覚が少し芽生えました。

人に対する過剰な拒否反応が軽くなったのは大きな収穫でした。

素直に相手の話を聞くようになる

職場で作業依頼やお願い事をされても、「とりあえず話は聞こう。」という心持ちになり、余計な感情の反応が減りました。

結果、人とのコミュニケーションのストレスが減り、仕事が楽になりました。

また、以前よりも人の話を素直に聞きやすくなり、余計な衝突が減ったように思います。

相手の話を聞いた上で、余裕がないなら断ればいいと思えるようになってきました。

今までは感情的に怒りが出てきて冷静で客観的な判断が難しかったので、出てくる怒りが軽減されるだけでずいぶんと心が楽になりました。

「感情を溜めているとこんなにも現実に影響を与えるのか!」と驚いてしまいます。

まとめ

今回の件で「出てきた感情が溜まった過去の感情と連動して大げさに表面に吹き出す。」そんな構造が見えてきました。

また、怒りは心理学で第二感情に分類されますが、まさにその通りで奥には丁寧に扱われていないと思う悲しみが隠れていました。

見方によっては怒りは「気づいていない自分を知る便利なツール」のように感じました。

忘れていても感じていない感情は溜まっていて、言動に影響を与えています。

そんな自分の感情を受け入れてクリアリングすることで、より良い人生を生きられる気がします。

今後もコツコツと感情のクリアリングを続けていきたいと思います。

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