財布を忘れた日に感じた怖さ 

 

 こんにちは。自己探求をサポートするカウンセラー山田結子です。

 

 ナマケモノのようにマイペースに生きることを願いつつ、現実は仕事と家事とめだかの世話で毎日があっという間に過ぎています。(最近、めだかが卵を産みすぎて、大変なことになっています。余談ですが。)

 先日、夫婦で館山に泊まりに行きました。よく訪れる宿泊先で、食事は無農薬、添加物不使用の野菜と魚中心の食事を提供している宿です。体をリセットするのにとてもいいお宿です。宿のご夫婦もとても良い方達なので、よく遊びに行きます。

 その出かける当日の出来事でした。私は電車で夫との待ち合わせ場所に向かいました。夫は用事があったので、車で先に出かけていました。私たちはある駅で待ち合わせをすることになっていました。

 

私は携帯電話(PASMO)で改札を通過し、夫に到着時間を伝え、しばらく電車に揺られてぼんやりしていました。

 ふと思い立って、カバンの中を見直すとひとつ肝心なものを忘れたことに気付きました。

 

 財布がありません。カバンから荷物を入れ替えた時に、家に忘れてきました。

 お金があっても、使えなければあまり意味がありません。お金を使う術がないという思いを感じた瞬間、薄寒いような気分になりました。強い焦燥感が湧き上がり、取りに戻ろうかと思いました。しかし、待ち合わせ場所の半分くらいまできているので、いまさら戻るのも現実的ではありません。

 すぐに使えるお金がないということに、すごく強い恐怖心があるということを改めて感じました。今まで、お金に対する感情は向き合ってきたと思いますが、まだまだお金に対する不安や依存心があるということを自覚しました。少しお金の怖さを感じつつ、引き返さずに夫に連絡してこの事を知らせようと決めました。お金を貸してもらう必要があるので、事前に伝えた方が良いなと感じたからです。

 

 

 夫は驚いたようですが、貸してくれることに特に問題はありませんでした。

 

 現実的に何も問題はないのですが、私の中では強い心の障壁がありました。お金のことを相手に伝えることが怖いのです。夫がどう思うとは全く異なる次元で私の中に怖さがあるようでした。

 これが、私の中の感情的な滞りだと気づくまで、しばらく時間がかかりました。違和感の正体がすぐにはわからなかったのです。それくらい、無意識に近いものでした。そのことに気づいて、改めて、お金のことを伝える怖さを感じてみると、すぐに母のことに思い当たりました。

 私の母は、お金を使うことに対し、いつもイライラしていました。お金を使うたびに、人に怒りをぶつけたり、お金がかかることに文句を言い続けたり、お金を使った相手を拒絶したりと、強い反応を示す傾向がありました。父と母はお金の使い方をめぐってよく喧嘩をしていました。母は自分の意見が通らなかったり、話を聞いてもらえないと、私に対して愚痴を言い続けました。それに対して、私が対立意見を言うと必ず攻撃されたので、ほとんど聞いているしかありませんでした。

 

 

 その時のことを思い出すと、嫌な気持ちになりました。

 

 母はいつもお金を払ってくれと言われることを嫌がっていました。家族に何かが欲しいとか、必要だと言われることを避けているようでした。母はお金を使うことに罪悪感があったのかもしれません。できるだけ使わないようにしていましたし、節約番組をみては称賛していました。私は欲しいものや必要なものを素直に言えず、買うものはいつも母の価値観に合うものばかりでした。節約がいつも重大なテーマであり、好きなものを買うとか、楽しいことにお金を使うという価値観はそこにはありませんでした。

 お金を持っていないと相手の顔色を見て、欲しいものを欲しいと言えなくなる感覚があるとわかりました。必要なものを買ってもらいたいと伝えるときのストレスがまだ残っていたのです。それは、私が親に必要なものを買ってもらえているわけではないということが自覚できました。買ってもらえていると勘違いしていたのですが、実はそうではなく、買って欲しいと言えなかったものがあるという可能性にも思い当たりました。

 

 

 そのことはどんな弊害を生み出していたのでしょうか。

 私は欲しいものを買わずに、以前買ったのと同じようなものを買ったり、手元に残らないものにお金を使うようになったと思います。お金の使い方に偏りが生じていたのです。そのため、抑圧が起こりやすく、人間関係のストレスが強くなりやすく、身近な人の価値観に振り回されやすくなる傾向もあったかもしれません。

 この問題は放置するより向き合った方がよいものに思えました

 

 私がかつて、欲しいと感じていたものがなんだったのか、まずは思い出してみたいと思いました。もしかしたら、同級生が持っているものと同じものが欲しかったり、もっと違う服が着たかったり、全く異なる習い事がしたかったかもしれない。

 改めてそれを感じてみると、物ではなくて、同級生と色々な話がしたかったという思いが出てきました。私の実家では、なぜかニュース番組と時代劇、サスペンスしか映らないので、学校の子供達と共有できる話題がなかったのかなと思いました。なぜか、彼らと私が同じ人間のような感覚がなく、生き物として異なる種族であるような孤立感を感じていました。同級生たちのことが全く理解できなかったのです。

 人は理解できないものを怖いと思います。私は、同級生のことが怖いと思うようになりました。この人たちと一緒の時間を過ごさなければならない理由も分からず、彼らから離れたいと思いました。私と異なる価値観を持っている人たちと、どうやって交流すれば良いのかわからないと感じました。

 母に対する怖さだけでなく、同級生たちも怖いと感じていたということがわかってきました。利害関係がない相手まで怖いと感じていたことがわかってきて、人間に対する漠然とした怖さを感じてみました。

 

 

 しかし、よく観察してみると、この怖さは認められないことへの恐れ(承認欲求)を含んでいるようにも思います。

 

 子供の時は、他者に認められたいという気持ちがいつも根底にあった気がします。その前提から考えると、同級生に認められようとすると、親の信頼を失うという構造が見えてきました。同級生たちが認めるような人間になろうとすると、親から疎まれたり、嫌われたりするのです。同級生から認められなくても、家庭で求められた価値観を守るかどうかが問われていました。それくらい、家の価値観は世間の感覚から離れていたので、どこで折り合いをつければいいのか、私にはわかりませんでした。

 

 

 ここは、自我の芽生えの段階にあたり、どちらの場所でもいられる自分が新たに作られるのが一般的な成長なのかもしれません。

 

 しかし、私はどちらもお茶を濁すような立ち回りをしてしまったため、自分を確立する力が弱かったんじゃないかと推測します。ここで、自分の軸を強化していく力をかけられたら、今とは全く異なる私ができていたかもしれません。意外と、色々な人に嫌われていたかもしれません。でも、それでも全く平気だったかもしれない。今となってはそれがいいのかどうか全くわかりません。

 あらためて、今から母や同級生たちに認められたいかを考えてみると、普通のおじさんおばさんになってしまった彼らに、特に私を理解してもらう必要はないと心から思えました。私の苦悩を理解できるのは、私と同じ苦しみにもがき、戦おうとした人たちだけでしょう。

 そのことを受け入れると、子供の時に感じていた言葉にならない思いが感じられてきました。私なりにたくさん考えて、結論を出していたけど、私はもっと自分のことを考えていたらよかったなと改めて感じました。大人以上に大人になろうとしていた自分に、もう少し子供でいていいと誰かに言ってもらいたかったと思いました。

 きっかけは、財布でした。

 そこから、お金の怖さを感じ、人の怖さを感じ、インナーチャイルドにたどりつきました。この予想のできない自己探求の旅が、皆さん自己探求の参考になればと思います。

山田結子

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