亡くなった父への感情を感じたことで心が喜び満たされた 

わかってあげないといけないと思っている自分に疑問を抱いた

「パートナーシップってめんどうくさいし、しんどいよな」と思っている自分に対してふと「どうしてそう思っているのか」という疑問を持ちました。婚活していたころのお見合い相手に対しても職場等でも男性に対して理解してあげないといけないと思っている自分がずっといたように思います。

特に何があったわけではないのですが、今までの蓄積の結果でしょうか。この課題を取り扱わないといけないように思ったのです。

兄弟との比較によりコンプレックスを感じている人や母親に対して愛情を求めているように感じる男性になぜか敏感で無意識にわかってあげないといけないと思ってしまっている自分に対して違和感を持ったのです。

正直、以前お付き合いをしていた男性に対しては「私はお前のママじゃねえんだよ」と思ったこともありました。「そんなもんわかるか」っていう怒りを感じている自分もいたのですが、なぜか「わかってあげなきゃ」が先に来てしまってなんだかしんどかったのです。

わかってあげなきゃの奥底にあった罪悪感

「わかってあげなきゃ」の正体を探っていくうちに長年封印していた父への思いがやっぱりそこかというように浮上してきました。うすうすはわかっていましたが、厄介なものに感じられ見たくなかったのです。

私の父はもう20年前に亡くなっています。自己肯定感が持てず自分の体をいたわることが出来ないで無理な生活習慣の末に、くも膜下出血で突然亡くなりました。

血縁関係のない母よりも血縁関係のある娘の私に非言語コミュニケーションではありますが、「わかって欲しい」という思いをずっと持ち続けていたように思います。

昔から人が言葉に発しないけれど抱えている悲しみに敏感な私は父の「わかって欲しい」光線にやられっぱなしだったように思います。ちゃんとわかってあげられず父の生活習慣も変えてあげられなかった自分に対して罪悪感を持ち続けていました。

あまりにも短い睡眠時間と心が休まらない感じにうすうす「この人このままだと死んでしまうのではないか」という感覚は持っていたのですが、どうしてあげることもできなかったのです。

父の思い

父の家族は兄二人妹一人で父は三男坊でした。ずっと同じ本を読み続けるろくすっぽ仕事をしない父親と賢くてしっかりした母親とに育てられました。

兄弟の中で一番の母親思いだった父は母親を助けるために高校進学も我慢して中学を卒業後東京に出てきて仕事をしていました。一方父のすぐ上の兄は大学に2回通っていて好き勝手している放蕩息子だったようです。この兄の学費も父の仕送りから出ていたようです。

とにかく記憶にあるのは父のこの兄に対する恨みの感情でした。学歴がないことでも苦労したようで学歴に対するコンプレックスも相当あったように思います。

本来ならば母親に向けるべきものを亡くなって叶わないため近親者である私に向かったのだと思います。父の思いは私の皮膚から侵入し「俺がどれだけ大変だったか、頑張ったか認めてくれよ」という圧となり、息苦しいものをずっと感じていました。

でもこちらとしても子供ですし、反発したい自分もいたためそんなにすんなり父の要求通りに認めてあげることはできませんでした。私もまだ若かったし父の痛みに寄り添って「頑張ったね。すごかったね。お父さんはすごいよ」なんてとても言えませんでした。結局、父はいわば過労死のように亡くなってしまいました。

長年ため込んでいた圧縮された感情の解消

父が亡くなってもう20年も経つのに父への思いは痛すぎてあまり感じないでずっと来てしまっていました。「ちゃんとわかってあげなくてごめん。助けてあげられなくてごめん。死なせてごめん。やさしくしてあげなくてごめん。」というのが主な気持ちでした。

自己肯定感というものは誰が何を言っても自分で自分の事を認めてあげなければ満足しないものだということをカウンセラーの勉強や自分の経験を通して現在はわかっている自分としては、私がわかってあげたからといって父の状況は好転しなかったろうということが理解できます。

ですがそれでもやはり罪悪感はなかなかぬぐえませんでした。なので目の前に椅子を置き父が座っていることをイメージしてひたすら謝ってみました。思いを言葉に出して伝えたことにより少しずつ軽くはなっていきました。

それから自分に肯定感を持てず自分の事をいたわれない父の姿を見ているのはとても辛かったし、悲しかったということも感じました。見るに堪えないといいましょうか。自己を肯定できない人のもがきと苦しみをずっと見ていたので、いたたまれない悲しみと苦しみを私も感じていたのです。当時は認識できなかったその悲しみの感情をクリアリングすると感情の元となる種が見つかったのでそのクリアリングを次に行いました。

すると寂しさが出てきて、その後みぞおちのあたりに重い気持ちの悪い塊のようなものを感じました。長年圧縮したまま放置していた感情だったのでなかなか扱うのが大変でした。グッと苦しくて息もままならない感じでしたが、何日間かひたすら吐く息とともに感情のエネルギーを体外に出し続けました。

私の父への思い

父への罪悪感からはじまり自分の感情をみつめていく中で最後には父が仕事でほとんど家におらず、あまり一緒にご飯も食べたこともない子供時代の寂しさが素直に出てきました。

「この私が親になんぞ欲求なんてありゃせぬわ」と思っていた変にプライドの高い自分がいたのですが、そこが崩せて素直に寂しさを感じられたのは良かったように思います。父親と毎年キャンプに行ったりスキーに行ったりしている子の話をとてもうらやましく思っていた自分が思い出されました。

本当は父の事が大好きだったにもかかわらずあまりにも家にいないためたまにいるとどう接していいのかわからず、つっけんどんな態度をとってしまい罪悪感を持っていた自分の戸惑いにも寄り添えたように思います。

余談ですが、娘さんが冷たい態度をとるといって落ち込んでいる世のお父さん達、娘さんの本心はもっと違うものである可能性が高いのであまり落ち込まないでください。大抵は娘は父親の事が大好きですから。

感情を感じてみて

まず大きかったのが、亡くなってしまっている父への長年の感情を思い起こしてしっかり認識し、感じたことで自分の心が喜んで満たされているような安心感をもつことが出来ました。記憶をさかのぼって感情を感じることの大切さがわかりました。封印している場合じゃありません。

それから罪悪感を解消したことにより私だけが悪いわけではなかったと思うことが出来ました。父は「わかって欲しいという思い」を私は「もっと一緒にいたかったという寂しさ」を持っていた。父の思いと私の思いそれぞれがあってお互い様のように感じました。

パートナーシップにおいても自分だけが相手をわからなきゃと気負うことなくもっとフラットに相手の事を理解し歩み寄ることも可能なのかもしれないと思えました。

体的には長年重くのしかかっていた罪悪感を解消することができ軽くなったように感じます。

これで完全に父への思いが解消されたわけではありませんが、また出てきたら感じればいいのだと「辛すぎて感じたくない」という思いを払しょくすることが出来ました。

亡くなってしまった父との関係の改善はできませんが、たとえ相手が亡くなっていたとしても自分が感情を解消すれば関係性は変化する。自分で自分を癒せるんだなということもわかりました。

まざまざと人間の生きざまを見せてくれた父にも感謝の気持ちが湧いてきました。

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